妊娠初期の多くの女性が経験する「つわり」。
一言につわりと言っても食欲不振や吐き気を伴う「吐きつわり」、においに敏感になる「においつわり」、いくら寝ても眠気が取れない「眠りつわり」、苦みや不快な味のよだれが多量に出る「よだれつわり」などさまざまです。
このようなつわりの症状に対して、漢方薬が使用される場合があります。
この記事では、
・つわりの症状と漢方の考え方
・漢方薬の赤ちゃんへの影響や注意すべき副作用
・つわりに使用される漢方薬
・つわりの辛い時期でも漢方薬を飲みやすくするコツ
について解説します。
Contents
つわりと漢方薬とは
まずはつわりの症状や漢方医学の視点からみるつわりの状態について、お伝えします。
つわりの症状
つわりは妊婦の50~80%が経験する症状です。妊娠5~6週目頃から出現し、妊娠12~16週頃には自然と消失していく場合が多いとされています。[1]
個人差はあるものの、主に以下のような症状が発現します。
・吐き気(悪心)
・嘔吐
・食欲不振
・唾液量の増加
・全身倦怠感
・眠気
・食べ物の好き嫌いの変化
つわりの原因はまだ完全には解明されていませんが、ホルモンの一種であるヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)の増加や、精神的ストレス、ビタミン不足などの栄養障害などが関与している可能性が報告されています。
漢方からみる“つわり”の状態
東洋医学ではつわりを「悪阻(おそ)」とも呼びます。そして、つわりの主な病態は、胃気不降(胃の気は通常下に降りるが、降りずに逆に向かうこと)であるとされています。
本来、胃の「気」は、食物を腸へと運ぶ働きがあるため下降しなければならないところを逆らって上がってしまうために支障が出てしまうのです。
特に脾胃虚弱、肝胃不和、痰湿阻滞などで発症しやすいと考えられています。[2]
脾胃虚弱 (ひいきょじゃく)
まず、漢方では消化器(口、咽頭、食堂、胃、小腸、大腸など)のことを「脾胃」、生殖器を中心に広がる気や血を巡らせる経路のことを「衝脈」と呼びます。
妊娠によって月経が停止し、経血が体外へ排出されなくなると衝脈の「気」が盛んになり、その気が上昇することで、胃に支障をきたしやすくなります。
そのため、平素から脾胃が虚弱な人が妊娠すると、衝脈の気が盛んになることに伴って胃気が上逆し、つわりを生じやすくなると考えられています。
(見られる症状)虚弱体質、吐きつわり、においつわり、疲労感、眠気、下痢傾向、舌苔白など
肝胃不和(かんいふわ)
東洋医学では「肝」は「血」を貯蔵する働きがあるとされています。
妊娠すると胎児を養うために肝の「血」が不足しがちになり、その結果、相対的に肝の「気」が高ぶりやすくなります。
そのため、平素から肝気が高ぶりやすい人(イライラや怒りっぽい人など)が、妊娠によってさらにストレスを受けると、肝気が胃気と共に上逆するためにつわりが生じやすくなります。
(見られる症状)食べつわり、においつわり、抑うつ感、口の苦みや酸っぱさ、酸っぱさや苦みのある水様性嘔吐
イライラに効果の期待できる漢方薬についても知りたい方はこちら▼の記事もお読みください。
痰湿阻滞 (たんしつそたい)
脾胃虚弱になると、代謝能力が低下して痰湿(余分な水分)が体内に溜まりやすくなります。この痰湿が衝脈の気と共に上逆することも、つわりを生じやすくする原因となります。
(見られる症状) よだれつわり(痰涎)、 水様性嘔吐 、食欲不振、口が甘くねばっこい 、舌質淡白、舌苔白膩
漢方薬の胎児への影響とは
では、妊娠中に漢方薬を服用しても問題はないのでしょうか。ここでは、漢方薬と赤ちゃんへの影響についてお伝えします。
妊娠中の漢方薬の服用について
妊娠中の母体は「虚証」(=からだに必要な気・血・水が不足している状態)である場合が多く、過度の発汗や瀉下、利尿作用のある生薬は避けた方が良いとされています。[3]
以下は妊婦に慎重投与の生薬の一例とその作用です。
表.妊婦に慎重投与の生薬と作用
生薬 | 作用 |
---|---|
厚朴 | 利尿、去痰 |
大黄 | 子宮収縮、消炎、瀉下、健胃など |
桃仁 | 消炎、鎮痛、駆瘀血、瀉下 |
牡丹皮 | 消炎、駆瘀血、子宮内膜の充血 |
半夏 | 鎮吐、鎮嘔、鎮咳、去痰 |
附子 | 興奮、強心、鎮痛、利尿、毒性有 |
芒硝 | 瀉下、利尿、子宮収縮 |
麻子仁 | 緩下 |
乾姜 | 新陳代謝機能亢進、利尿 |
「半夏」は中枢性および末梢性の制吐作用があり、胃内停水による嘔吐に効果を示す代表的な制吐剤です。[4]そのため、つわりに用いられる漢方薬の多くに配合されています。一方で、上記のように流早産の危険性があることも否定はできないことから、長期間にわたって漫然と使用することは避けた方が良いとされています。[3]
服用する場合はかかりつけの産婦人科でまずは相談を
日本漢方生薬製剤協会によると、現在のところ漢方薬の服用で胎児に悪影響を及ぼしたという報告はないとしています。 [5]
ただし、 つわりが起こりやすい妊娠2か月前後(妊娠4~7週目)は、胎児の器官形成期であり、薬物に対して感受性が高い時期でもあります。
漢方薬に限らず市販の吐き気止めなども含め、この時期に薬を服用する場合は、まずはかかりつけの医師に相談してから服用するようにしましょう。
つわりに効果の期待できる漢方薬とは~使い分けや注意したい副作用~
では、つわりに効果の期待できる漢方薬には具体的にどのようなものがあるでしょうか。ここでは臨床でつわりの治療に使用される7種類の漢方薬をご紹介します。
【吐き気が辛い方に】小半夏加茯苓湯
小半夏加茯苓湯は、吐き気を抑える「半夏・生姜」と、余分な水分を取り去る「茯苓」の3種類の生薬からなる、シンプルな処方の漢方薬です。余分な水分の停滞(痰湿)に伴う嘔吐や、めまい・動悸を改善する働きがあります。
つわりに使用される漢方薬として広く知られている処方です。
配合生薬
半夏、生姜、茯苓
服用がおすすめな人
体力が中程度の人の妊娠嘔吐(つわり)におすすめの漢方薬です。そのほか急性胃腸炎、湿性胸膜炎、水腫性脚気、蓄膿症の嘔吐にも効果が期待できます。
【気分の落ち込みやのどの詰まりもある方に】半夏厚朴湯
半夏厚朴湯には、「気」の巡りを良くして、不安や気持ちの落ち込みを緩和する作用があります。
配合生薬の「半夏・厚朴」が、からだを温めて緊張を緩和します。さらに「蘇葉」には香りと共に気を巡らせストレスを発散させる作用があります。
また、ストレス・疲労から自律神経に不調が起こると、のどや食道の筋肉が緊張し、のどの詰まりやお腹の張りを感じることがあります。特にのどの違和感については「咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう)」または「ヒステリー球」とも呼ばれることもあります。このような症状にも半夏厚朴湯は効果的です。
配合生薬
半夏、茯苓、厚朴、蘇葉、生姜
服用がおすすめな人
体力が中程度の人で気分がふさいで咽喉・食道部に異物感がある人におすすめの漢方薬です。つわりの吐気・嘔気に伴う不安神経症、神経性胃炎、湿性の咳、のどの詰まり感に効果が期待できます。
また、半夏厚朴湯と他の薬やサプリメントとの飲み合わせについても知りたい方はこちら▼の記事もお読みください。
【吐き気の他、みぞおちのつかえのある方に】半夏瀉心湯
半夏瀉心湯は、「気」の巡りを良くして胃腸の働きを助けることで、消化不良や胃もたれ、吐き気・嘔吐、下痢などの症状を緩和する作用があります。“瀉心”とはみぞおちのつかえを取るという意味をもちます。
吐き気を抑える作用のある「半夏」を中心に、口のねばりや胃痛などの熱・炎症を抑える「黄芩・黄連」など、胃腸の働きを助ける7種類の生薬で構成されています。
配合生薬
半夏、黄芩、乾姜、甘草、大棗、人参、黄連
服用がおすすめな人
体力が中程度で、みぞおちがつかえた感じがある人におすすめの漢方薬です。ときに吐き気や嘔吐、げっぷの症状があり、食欲不振・下痢傾向のある人にも適しています。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
間質性肺炎の副作用に注意しましょう
発熱、咳、呼吸困難などの症状があらわれた場合には、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
肝機能障害の副作用に注意しましょう
無症状のまま血液検査で判明することも多いですが、発熱、全身の倦怠感、吐き気・嘔吐、黄疸などが出た場合には、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
【食欲不振で胃腸虚弱の方に】六君子湯
六君子湯は、「気」を補って巡りを良くすることで胃腸の働きを高める漢方薬です。
漢方で気虚の基本処方とされる「四君子湯」には、消化吸収を回復させて精神を安定させたり新陳代謝を活性化させたりする作用があります。これに鎮吐作用をもつ「半夏」と消化機能改善作用をもつ「陳皮」を追加した処方が「六君子湯」です。
そのため、消化機能の低下や軽い抑うつ・不安がある場合に用いられ、消化器系を温めて全身の冷えを軽減させる作用もあります。
また、陳皮の主成分であるヘプタメトキシフラボンには、食欲亢進や消化管運動に関わるホルモンである「グレリン」の分泌を間接的に増強することで、食欲低下を改善する働きが報告されています。[4]
配合生薬
半夏、人参、白朮または蒼朮、茯苓、陳皮、大棗、甘草、生姜
服用がおすすめな人
体力が中等度以下の虚証タイプの人で、胃腸が弱い、食欲がない、みぞおちがつかえる、疲れやすい、貧血で手足が冷えやすいといった症状のある人に適しています。胃炎や胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐に用いられます。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
肝機能障害の副作用に注意しましょう
無症状のまま血液検査で判明することも多いですが、発熱、全身の倦怠感、吐き気・嘔吐、黄疸などが出た場合には、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
【水様性嘔吐やむくみのある方に】五苓散
五苓散は、からだに余分な水分があるときは利尿作用、脱水状態のときは水分の排出を抑える抗利尿作用を示すことで、からだ全体の水分代謝を整えてくれる代表的な利水剤です。
五苓散には「沢瀉(たくしゃ)・猪苓(ちょれい)・茯苓(ぶくりょう)・朮(じゅつ)」といった利尿作用をもつ複数の生薬が配合されており、症状によっては即効性も期待できます。
また、体内のアクアポリンという水チャネルに作用することで、水分の移動を調節する働きが確認されています。[6]
配合生薬
沢瀉、猪苓、茯苓、白朮または蒼朮、桂皮
服用がおすすめな人
体力に関わらず使用でき、のどが渇いて尿量が少ない人で、めまい、吐き気、嘔吐、腹痛、頭痛、むくみなどの症状を伴う人に適しています。水様性下痢、急性胃腸炎、暑気あたり、頭痛、むくみ、二日酔などにも用いられます。
【体力低下し冷えもある方に】人参湯
人参湯は、胃腸機能を高めて、食欲不振、胃もたれ、胃痛、下痢などを改善する働きのある漢方薬です。
主薬の「人参」は滋養強壮作用があり胃腸機能を高めて体力と気力の回復を助けます。「朮」には胃を乾かし食欲を増加させて消化を促進する働きや、消化器系に停滞した余分な水分を取り除き下痢を止める働もあります。[7]
配合生薬
人参、乾姜、白朮または蒼朮、甘草
服用がおすすめな人
体質虚弱の人または体力低下した人、手足などが冷えやすく尿量が多い人におすすめの漢方薬です。つわりのほか、急性・慢性胃腸カタル、胃アトニー症、胃拡張にも用いられます。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
【産前の不調全般に】当帰芍薬散
当帰芍薬散は、加味逍遙散・桂枝茯苓丸とともに婦人科の三大漢方薬とされる漢方薬です。子宮収縮抑制作用もあることから安胎漢方薬の一つでもあります。[3]「血」の不足を補い、「水」の巡りを良くすることで、からだに必要な栄養分を行き渡らせ、全身を温めて冷えを改善します。妊娠を契機とした産前の不調に効果が期待できます。
配合生薬
芍薬、白朮または蒼朮、沢瀉、茯苓、川芎、当帰
服用がおすすめな人
虚証タイプで、全身の冷えや貧血がある人におすすめの漢方です。疲労感、下腹部痛、めまい、肩こり、耳鳴り、動悸などの症状がある人にも適しています。
つわりなどの産前の不調だけでなく、月経不順、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)足腰の冷え症、むくみなどに用いられます。
服用上の注意
胃腸が弱い人は注意しましょう
副作用で食欲不振、吐き気などの消化器症状が起こる場合があります。
つわりで漢方薬が飲めない方に~飲み方のポイント~
つわりの時は、漢方薬の味や匂いが辛く感じて、飲めないと思ってしまう方も多いかもしれません。
漢方薬は飲み方を工夫することで、飲みやすくなる場合もあります。
たとえば、つわりで小半夏加茯苓湯を飲む際は、エキス剤を湯に溶かした後に冷蔵庫や氷などで冷やして、少量ずつ口に含んで飲む「冷服」という飲み方がおすすめです。温めて飲む「温服」よりも楽に飲めるようになるでしょう。
また、鎮吐作用のある生姜汁を加えると、効果が増すとされています。
他にも、漢方薬を飲みやすくする工夫についてさらに詳しく知りたい方は、こちら▼の記事をお読みください。
つわりの漢方薬の関するよくある質問
ここでは、つわりの漢方薬に関してよくある質問をまとめました。
つわりで漢方薬を処方してもらうには?
まずはかかりつけの産婦人科を受診し、相談しましょう。
つわりに適応がある医療用漢方薬は、「小半夏加茯苓湯」「半夏厚朴湯」「茯苓飲合半夏厚朴湯」「人参湯」の4種類があります。
また、他の症状の有無や体質、併用薬によっても適切な漢方薬が異なるため、医師の指示に従って服用するようにしましょう。
産婦人科で処方される漢方薬と市販の漢方薬の効果の違いは?
漢方薬に含まれる生薬成分については、産婦人科で処方される「医療用漢方薬」と、薬局・ドラッグストア等で購入できる「市販薬」とで変わりはなく、期待できる効能効果は同じです。
ただし、市販薬は不特定多数の方が購入するため、安全性を考慮して、1日の服用量中の成分配合量が少ない場合があります。[8]
妊娠中に自己判断で市販薬を使用することは避け、まずはかかりつけの産婦人科医に相談することが大切です。
更年期に起こったつわりのような症状に効く漢方はある?
女性は更年期を迎えると女性ホルモンであるエストロゲンの分泌量が低下し、その結果、ホルモンバランスや自律神経のバランスが崩れやすくなります。
自律神経の調整が上手くコントロールできなくなると、胃の調子が悪くなったり、吐き気が起きたりすることがあります。
ホルモンバランスや自律神経のバランスを整える作用のある漢方薬を服用することで、更年期の吐き気が改善される場合もあります。
更年期障害に効果の期待できる漢方薬について、さらに詳しく知りたい方は、こちら▼の記事もお読みください。
漢方薬が効かない場合は?
漢方薬を服用しても効果がない場合は、漫然と継続せずに服用を中止し、かかりつけ医または薬剤師に相談しましょう。
つわりが重症化すると「妊娠悪阻(にんしんおそ)」を発症する恐れもあります。妊娠悪阻は全妊婦の0.5~2%に発症し、体重減少・脱水・電解質異常のほか、全身の栄養状態が悪化し脳や肝機能に影響が及ぶ可能性もあるため、注意が必要です。[9][10]
つわりには、ビタミンB6の経口投与や制吐薬、点滴療法など他の治療の選択肢もあります。また、つわりの予防にマルチビタミン(ビタミンB1やB6、葉酸など)の摂取が有効であるという報告もあります。 [9]
つわりの症状がひどい場合は我慢せずに、早めに医療機関を受診して相談しましょう。
【参考文献】
[1]丸尾猛ら(1998)妊娠悪阻にまるわる諸問題,日本産科婦人科学会雑誌No50(6)
[2]矢野忠(2013) 産婦人科疾患に対する三療
[3]福岡県薬剤師会,妊婦への投与に注意が必要な漢方薬
[4]間宮敬子ら(2020)がんの緩和ケアと漢方,ファルマシア Vol.56 No.31.223
[5]日本漢方生薬製剤協会,妊娠・授乳中の方へ
[6]礒濱 洋一郎(2011),五苓散のアクアポリンを介した 水分代謝調節メカニズム ,Science of Kampo Medicine 漢方医学 Vol.35 No.2(93)189
[7] 高山宏世,漢方常用処方解説,東洋学術出版社
[8] クラシエの漢方 漢方薬みんなの疑問
[9]公益社団法人 日本産科婦人科学会,産婦人科診療ガイドライン―産科編2020
[10]厚生労働省,妊娠中の症状等に対応する措置