食欲がない時には、主に胃腸や心を元気にする処方が用いられます。使用される漢方薬には、以下のようなものがあります。
・六君子湯(りっくんしとう):体力が弱って元気が無く胃腸機能が低下している方に
・補中益気湯(ほちゅうえっきとう):全身の虚弱や手足の倦怠感が見られる方に
・人参湯(にんじんとう):体が冷えて胃腸の調子が悪い方に
・半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう):体力中程度でみぞおちのつかえや吐き気のある方に
・加味帰脾湯(かみきひとう):顔色が悪く精神不安のある方に
この記事では、食欲がない方に効果の期待できる漢方薬やその選び方について、薬剤師が詳しく解説します。体質や症状に合った漢方薬の選択に悩まれている方はYOJOの薬剤師にも相談できますよ。
食欲不振と漢方治療
食欲不振は、心身の不調を知らせる体からのサインであり、まずは原因をきちんと確認することが大切です。
以下のチェックリストを参考に、心当たりがないかを確認してみましょう。[1]
~食欲不振がある時のチェックリスト~
□ 他に体調の変化がないか(発熱、消化器症状、口腔内の変化など)
□ 服用中の薬やサプリメント、治療中の疾患の状態に変化がないか
□ 精神的なストレスや不安、不眠の症状はないか
□ 生活習慣や環境・気候の変化はないか
漢方医学では、食欲不振は五臓の脾(ひ)の働きが弱まっている状態ととらえます。脾は、食べ物を消化・吸収してエネルギー(気)や血液(血)を作り出す役割をもつため、この働きが弱まると体も心も元気がなくなってしまいます。
もともとの体質以外に脾が弱まる原因としては、不安やストレスなどから起こる心(しん)・肝(かん)の不調や冷えがあるとされ、脾の不調と併せてケアを行うことで食欲不振を改善に導きます。
食欲不振に効果の期待できる漢方薬
ここでは、食欲のない方に効果の期待できる、具体的な5種類の漢方薬と、その選び方や服用の注意点についてお伝えします。
【体力が弱って元気が無く、胃腸機能が低下している方に】六君子湯(りっくんしとう)
六君子湯は、胃腸の働きを高める作用のある漢方薬です。
食欲促進ホルモンである“グレリン”の分泌に関与していることが報告されています。[2]
そのため、抗がん剤や抗うつ薬の副作用による食欲不振にも、六君子湯が用いられることがあります。
また、機能性消化管疾患診療ガイドライン2021では、胃もたれや早期満腹感の上腹部症状をきたす機能性ディスペプシアの治療に対しても、六君子湯は強く推奨されています(エビデンスレベルA)。[2][3]
服用がおすすめな方
虚証タイプの胃腸機能が低下している方で、食欲不振やみぞおちのつかえがあり、貧血傾向で疲れやすく、手足が冷えやすい方におすすめの漢方薬です。味が甘く、漢方独特の風味が苦手な方でも比較的飲みやすい処方です。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草(かんぞう)」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
肝機能障害の副作用に注意しましょう
無症状のまま血液検査で判明することも多いですが、発熱、全身の倦怠感、吐き気・嘔吐、黄疸などが出た場合には、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
配合生薬
半夏、人参、白朮または蒼朮、茯苓、陳皮、大棗、甘草、生姜
【全身の虚弱や手足の倦怠感が見られる方に】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
補中益気湯は、胃腸機能を高めながら全身の気力を補う作用があります。
虚弱体質や慢性疾患、外科手術などが原因で、体力・消化器機能が低下した方に用いられる代表的な漢方薬です。「人参(にんじん)・黄耆(おうぎ)・朮(じゅつ)」の組み合わせに元気をつける効果が高く、「柴胡(さいこ)・升麻(しょうま)」の組み合わせは脾気を高める効果があります。[2]
服用がおすすめの方
虚弱体質で元気が無く、胃腸の働きが衰えている方におすすめの漢方薬です。
特に手足の倦怠感や、無気力が顕著である場合に向きます。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草(かんぞう)」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
重大な副作用として、間質性肺炎や肝機能障害に注意しましょう
間質性肺炎の症状(たとえば発熱、咳、呼吸困難など)や、肝機能障害の症状(たとえば発熱、全身倦怠感、嘔気嘔吐、黄疸など)があらわれた場合は、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
配合生薬
人参、柴胡、黄耆、白朮または蒼朮、当帰、升麻、生姜、陳皮、大棗、甘草
補中益気湯の他の薬との飲み合わせについて、詳しく知りたい方はこちら▼の記事もお読みください。
【体が冷えて胃腸の調子が悪い方に】人参湯(にんじんとう)
人参湯は、体を温めながら胃腸の働きを改善する作用があります。
補気剤の基本処方とされる「四君子湯(しくんしとう)」には、消化吸収を回復させて気力を補う働きがあります。この処方をベースに、「茯苓(ぶくりょう)・大棗(たいそう)」を抜いて「生姜(しょうきょう)」から胃腸を温める作用がより強い「乾姜(かんきょう)」に変えた処方が人参湯です。[2]
服用がおすすめの方
体力虚弱で、手足やお腹が冷えやすい方におすすめの漢方薬です。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草(かんぞう)」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
配合生薬
人参、白朮または蒼朮、乾姜、甘草
【体力中程度でみぞおちのつかえや吐き気のある方に】半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
半夏瀉心湯は、胃腸の働きを助けることで胃もたれや吐き気、ストレスによる神経性胃炎などの症状を改善する作用があります。瀉心とは、みぞおちのつかえを取るという意味をもちます。
吐き気を抑える作用のある「半夏(はんげ)」を中心に、胃腸の働きを助ける7種類の生薬で構成されています。
服用がおすすめな方
体力が中程度でみぞおちがつかえ、ときに吐き気や嘔吐、食欲不振でお腹が鳴って下痢傾向のある方におすすめの漢方薬です。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草(かんぞう)」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
重大な副作用として、間質性肺炎や肝機能障害に注意しましょう
間質性肺炎の症状(例えば発熱や呼吸困難など)や、肝機能障害の症状(例えば発熱や全身倦怠感、黄疸など)があらわれた場合は、服用を中止しすみやかに受診するようにしましょう。
配合生薬
半夏、黄芩、乾姜、甘草、大棗、人参、黄連
【顔色が悪く精神不安のある方に】加味帰脾湯(かみきひとう)
加味帰脾湯は、胃腸の働きを助けながら不足している血を補い、貧血や落ち込みやすさを改善する作用があります。
配合生薬の「酸棗仁(さんそうにん)・竜眼(りゅうがん)・遠志(おんじ)」が精神を安定させ不安や憂うつを和らげます。そのほか「人参(にんじん)・白朮(びゃくじゅつ)・生姜(しょうきょう)」などの胃腸機能を強くする生薬が配合されています。
服用がおすすめな方
体力虚弱で心身が疲れ、顔色の悪い方におすすめの漢方薬です。不安やストレスで眠れない方にも向きます。
服用上の注意
複数の漢方薬を服用する場合は注意ましょう
配合生薬の「甘草(かんぞう)」が重複し、偽アルドステロン症などの副作用が起こりやすくなる可能性があります。
腸間膜静脈硬化症の副作用に注意しましょう
「山梔子(さんしし)」を含む漢方薬を長期(5年以上)服用すると、起こる場合があります。腹痛・下痢・便秘・腹部膨満などの症状がくり返し現れる場合は医師に相談しましょう。
配合生薬
人参、蒼朮または白朮、茯苓、甘草、生姜、大棗、酸棗仁、竜眼、遠志、当帰、黄耆、木香、柴胡、山梔子
ご自身の体質や状態については、YOJOの体質チェックも参考にすることができます。
市販で購入できる食欲不振におすすめの漢方商品
ここでは、病院を受診する時間のない方や、まずは手軽に漢方薬を試してみたい方向けに、市販で購入できる漢方商品をご紹介します。
ツムラ漢方43六君子湯エキス顆粒
元気が無く胃がもたれて食べられない方に
分類 | 第2類医薬品 |
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効能効果 | 体力中等度以下で、胃腸が弱く、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症: 胃炎、胃腸虚弱、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐 |
形状 | 顆粒剤 |
用法・用量 | 1日2回食前に水またはお湯で服用。 成人(15歳以上):1回1包 15歳未満7歳以上:1回2/3包 7歳未満4歳以上:1回1/2包 4歳未満2歳以上:1回1/3包 |
内容量 | 10包 |
補中益気湯エキス錠クラシエ
全身の疲労倦怠感が強く食べられない方に
分類 | 第2類医薬品 |
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効能効果 | 体力虚弱で、元気がなく、胃腸のはたらきが衰えて、疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後・術後の衰弱、食欲不振、ねあせ、感冒 |
形状 | 錠剤 |
用法・用量 | 1日3回食前または食間に水または白湯にて服用。 成人(15歳以上):1回4錠 15歳未満7歳以上:1回3錠 7歳未満5歳以上:1回2錠 |
内容量 | 48錠 |
ツムラ漢方32人参湯エキス顆粒
手足やお腹が冷えやすく胃腸の調子が悪い方に
分類 | 第2類医薬品 |
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効能効果 | 体力虚弱で、疲れやすくて手足などが冷えやすいものの次の諸症: 胃腸虚弱、下痢、嘔吐、胃痛、腹痛、急・慢性胃炎 |
形状 | 顆粒剤 |
用法・用量 | 1日2回食前に水またはお湯で服用。 成人(15歳以上):1回1包 15歳未満7歳以上:1回2/3包 7歳未満4歳以上:1回1/2包 4歳未満2歳以上:1回1/3包 |
内容量 | 10包 |
半夏瀉心湯エキスEX錠クラシエ
ストレスによるみぞおちのつかえや吐き気がある方に
分類 | 第2類医薬品 |
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効能効果 | 体力中等度で、みぞおちがつかえた感じがあり、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便又は下痢の傾向のあるものの次の諸症:急・慢性胃腸炎、下痢・軟便、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症 |
形状 | 錠剤 |
用法・用量 | 1日3回食前または食間に水または白湯にて服用。 成人(15歳以上):1回4錠 15歳未満7歳以上:1回3錠 7歳未満5歳以上:1回2錠 |
内容量 | 36錠 |
加味帰脾湯エキス顆粒クラシエ
心身が疲れて顔色も悪い方に
分類 | 第2類医薬品 |
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効能効果 | 体力中等度以下で、心身が疲れ、血色が悪く、ときに熱感を伴うものの次の諸症:貧血、不眠症、精神不安、神経症 |
形状 | 顆粒剤 |
用法・用量 | 1日3回食前または食間に水または白湯にて服用。 成人(15歳以上):1回1包 15歳未満7歳以上:1回2/3包 7歳未満4歳以上:1回1/2包 4歳未満2歳以上:1回1/3包 |
内容量 | 45包 |
食欲がない時に工夫したい生活養生法とは
ここでは、食欲が出ない時に、食事や生活の工夫でできることをお伝えします。
無理をせずに食べたい時に食べたいものを
食欲不振の時には「無理して食べない」ことが大切です。食事を義務だと思うと余計にストレスがたまり、症状が悪化する可能性があります。
食事量が減っている時は、以下のような工夫で食べやすさがアップすることがあります。
・少量ずつ盛り付けて、食べきった時の達成感を味わえるようにする
・麺類やお茶漬けのような、さらさらしたのど越しの良い食事を選ぶ
・香りの強い食べ物は避け、においが立つ温かい料理は冷まして食べる
・食べる場所や食卓の雰囲気を変える
また、食事がどうしてもつらい時には、少量で効率良く栄養が摂れる栄養補助食品や流動食などを利用するのも一つの方法でしょう。
自律神経のバランスを整えよう
私たちの胃腸は自律神経でコントロールされており、精神的なストレスや環境の変化などが原因で交感神経が優位な状態が続くと、胃腸機能が低下する場合があります。
以下のように生活習慣を工夫することで、自律神経のバランスを整えましょう。
・起床や就寝時間は一定にして毎日規則正しく生活する
・適度に運動やストレッチを行う
・ストレスをためずにリフレッシュする
・湯船にゆっくり浸かって入浴する
自律神経のバランスを整える方法やその漢方薬について、さらに詳しく知りたい方はこちら▼の記事もお読みください。
食欲不振が続く場合は医療機関に早めの相談を!
冒頭でもお伝えしたように、食欲不振は心身の不調を知らせる体からのサインです。生活習慣の改善やセルフケアを行っても食欲不振が続く場合は、薬・サプリメントの副作用や他の病気が隠れている可能性もあるため、注意しましょう。
食欲不振の副作用が起こりうる薬剤・サプリメントの例
痛み止め(ロキソニンなどのNSAIDs)、骨粗鬆症薬(ビスホスホネート製剤)、抗がん剤、抗うつ薬、鉄剤、抗生物質など
食欲不振を起こす主な疾患の例
・慢性胃炎
主にピロリ菌の感染が原因で胃に炎症が生じて胃もたれや食欲不振が起こります。
・胃・十二指腸潰瘍
ストレスやピロリ菌感染、偏食などが原因で胃や十二指腸に潰瘍ができて起こります。
・逆流性食道炎
胃酸を含んだ胃の内容物が逆流し、食道に炎症を生じて胸やけや食欲不振を起こします。
・甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンの働きが低下して食欲がわかずに食事が摂れないのにもかかわらず、体重が増えてしまうことがあります。
逆流性食道炎の症状や生活習慣の改善ポイントについては、こちら▼の記事で詳しく解説しています。
YOJOでは食欲不振に効果の期待できる漢方薬の相談だけでなく、生活習慣上のアドバイスなども受けることができます。なかなか改善しない症状に悩まれている方は、一度YOJOの薬剤師に相談してみるのもよいでしょう。
【参考文献】
[1]東京都保健医局 食欲不振の方への対応
[2]朝日公一ら(2023)機能性ディスペプシアに対する漢方治療-六君子湯を中心に他の方剤との使い分け,日病総診誌19(5)361-366
[3]機能性消化管疾患診療ガイドライン 2021―機能性ディスペプシア (改訂第 2 版),日本東洋医学会 EBM 委員会 診療ガイドライン・タスクフォース